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横浜地方裁判所 昭和32年(モ)1001号 判決

債権者 石渡武治

債務者 福井善治

主文

本件異議事件は昭和三十二年七月十一日異議申立取下により終了した。

右取下後の訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

債権者代理人は、債権者と債務者間の当庁昭和三十二年(ヨ)第二四六号工事中止仮処分命令申請事件について、当裁判所が昭和三十二年五月十七日なした仮処分決定はこれを認可する。訴訟費用は債務者の負担とする。との判決を求め、その理由として、

一、川崎市神明町一丁目六番地宅地二百十二坪は債権者の所有であるところ、債権者は訴外福田宗治の紹介並びに保証の下に債務者に対し、昭和二十六年六月頃無償にて、三年間右宅地内の本件土地約三十坪を含む約七十坪(後更に三十坪)を債務者の水飴製造工場敷地として、バラツク所有のために使用を許し、債務者は右三十坪の地上に木造ルーフイング葺平家建工場一棟建坪二十七坪を建築し、水飴製造に従事した。

二、その後昭和三十年十二月上旬頃債権者と債務者の間において、債務者より債権者に対する売掛代金五十八万五千三百四十円を七日以内に支払えば右工場敷地使用貸借契約を解除し、右金員支払の日より、四ケ月以内に土地を返還する旨の合意が成立し、債権者は約旨に従い、右金員をその期限内である昭和三十年十二月十二日迄に支払を完了したので、土地使用貸借契約は同日合意解除せられた。そこで債権者は債務者に対し、昭和三十一年四月十二日迄に右バラツク建工場を収去し、土地を明渡す義務が生じたのに、右義務を履行しないのみか、昭和三十二年五月十一、二日頃よりこの工場建物の改築工事のため、前記バラツク工場二十七坪を取毀し、同時に右建物の廻りに新築工事のための基礎工事を施し、建坪約三十坪の新築建物の骨組を作り工事を続行した。

三、債権者は現在本件土地の返還請求訴訟を御庁に提起しようとその準備中であるが、右本訴において、勝訴してもその執行に当り、改築前に比較して格段の困難を伴うことは明かなので、右本案判決の執行を保全するため、本申請に及んだ結果、昭和三十二年五月十七日「一、債務者の右建築中の建物及び右建物敷地に対する占有を解いて債権者の委任する横浜地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は債務者の申出があるときは現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許すことができる。二、債務者は右建築中の建物の工事を続行してはならない。三、債務者は右建物及びその敷地に対する占有を他に移転し、又は占有名義を変更してはならない。四、執行吏は右命令の趣旨を公示するため適当な方法をとることができる。」との仮処分決定を得てその執行をした。よつて右決定の認可を求める。

と述べ、

債務者の主張事実を否認し、債務者の昭和三十二年七月十一日の本件仮処分異議申立の取下に同意しない。と述べ、

疎明として、甲第一、二号証、同第三号証の一、二、同第四号証、同第五、六号証の一乃至三、同第七、八号証、同第九号証の一乃至六、同第十号証の一乃至四、同第十一号証、同第十二号証の一、二、同第十三乃至十五号証を提出した。

債務者代理人は前記仮処分決定はこれを取消す。債権者の本件仮処分命令の申請はこれを却下する。訴訟費用は債権者の負担とする。との判決並びに右第一項につき仮執行の宣言を求め、答弁として、債権者の主張事実中、川崎市神明町一丁目六番宅地二百十二坪は債権者の所有であること、右宅地内に債務者所有の工場があり、昭和三十二年五月その改築工事に着手したこと、債権者の申請によりその主張のような仮処分決定がありその執行を受けたこと、は認めるが、その他は否認する。

一、債務者は昭和二十六年六月二十日右宅地内の本件土地約三十坪を含む宅地百八十坪余りを普通建物所有の目的をもつて賃借し、その際債権者、債務者の間で右宅地の借地条件を、権利金三百五十円、賃料を附近の土地の賃料額によると定めた。

二、債務者は、右宅地の賃借後その宅地上に工場と住宅を建設し、工場内には約百数十万円相当の水飴製機械を設備して、澱粉より、水飴を製造していたが、工場より生じる煤煙塵埃を防止するため、債権者始め附近住民から工場の改造を請求せられるし、昭和三十二年五月頃神奈川県工場係よりその改築の督促を受けたので、右工場の改築を決意し、その工事に着手したところ、債権者は、前記建築中止の仮処分を御庁に申請し、その決定を得て執行したものである。右改築工事を中止されれば債務者は営業をすることができず、債務者もその従業員も共に生活の道を失うものであるが、債権者の方は、建築工事を完成されても本案判決の執行において、右建物を取毀すことは容易であるので債権者は権利を侵害されることはなく、債権者の右行為は権利の濫用である。

と述べ、

その後、債務者は昭和三十二年七月十一日本件仮処分異議申立を取下げる旨の文書を提出した。

理由

先ず、債務者の異議申立取下の効果について判断する。

仮処分決定に対する異議申立は口頭弁論を経て改めて仮処分申請の当否について審判を求める申立であるから、右審判の終るまでの間は債務者において取下ができるものと解して支障はない。異議申立はすでに口頭弁論による再審査を開始させる効果を発生しているけれども、その裁判がなければ、申立の主要な目的を達したことにはならないから、他の一般の申立がその目的到達前に取下げができるのと同様に異議事件の裁判があるまでの間は異議申立の取下を認めるべきである。そして、仮処分申請自体の取下に債務者の同意を必要としないことから考えると異議申立の取下につき、債権者の同意を要するものと解すべき理由を首肯できないから、本件で債権者の同意がなかつたからといつて、右異議申立の取下を効力がないものとするわけにいかない。そうだとすると、本件異議事件は債務者の異議申立取下により終了しており、仮処分申請の当否を判断すべき限りでないこと言をまたない。

よつて、右取下後の訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森文治)

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